貝の見立て雛

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私の文科系の師匠に「服部一郎」さんという方がいらっしゃる。

「江戸小物細工」という物を作っている職人さんである。

どういう物かという事は別の機会に詳しく触れるが、

日本の庶民文化を後世に残す上で、非常に貴重な物であることは確かだ。

その服部さんがある著名な文化人(その方も私の先生である)から仕事を依頼された。

その仕事というのが「見立て雛」である。

「見立て雛」。

聞きなれない言葉だが、これは先生が独自に開発したジャンルである。

要するにひな祭りに飾るあれだ。

しかし、ただのお雛様ではない。

人形(ひとがた)ではない何かをお雛様に見立てて飾るのである。

あたまに「お」がついて仕舞いに「様」がつく人形は、ひな祭りの「お雛様」だけだ。

お雛様はその昔、無病息災を祈り、人の「苦」を背負って川に流されたという

ありがたい神様の化身であると聞く。

そのありがたいお雛様を、人形ではない何かで見立てようというのであるから

よほどセンス良く仕上げなければ、段飾りであるはずのものが

階段に何かが置いてあるだけ、みたいなことになってしまう。

しかし、そこはそれ、すばらしい作品の数々を世に送り出してきた服部さんだ。

今までも先生の依頼で、多くの見立て雛をこしらえてきた。

今回のお題は「貝殻」であった。

なんと、私の集めている貝殻の中から、大きさや雰囲気のあった物を選び出し

お雛様に仕立てようというのである。

数時間の選定作業の後、数日間の製作期間を経て出来上がった物がこれである。

私の標本箱やジプロックの中で眠っていた貝たちが、見事に生き返り、桧舞台に立った。

とくとご覧あれ。








桐で出来た飾り台の大きさは20cm四方程度。

直径2cm程度のぼんぼりは、ウニの殻である。

お内裏様にタケノコガイ、お雛様にはハート模様のキムスメダカラ。

テンロクケボリの三人官女は殻長1cmちょっと。

全体が、いかに小さい物であるか想像ができよう。

それぞれが、伝統的な青海波(せいかいは)模様の台の上で個性を主張しながらも

一つの作品として、しっかりとまとまっている。

雌雛のキムスメダカラは、成貝にしては小さく傷もなく、

ハート模様があることもあって、私の秘蔵品であった。

しかし、このようにすばらしい物に生まれ変わるのであれば、嫁に出したかいもある。

変に飾り付けをせず、貝本来のの美しさを生かしてくれた服部さんに感謝したい。

わがキムスメよ、幸せになるんだぞ。

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