*注:ここで使われている写真はすべてイメージ写真である。
天気の悪いせいもあり、気温は28度とあまり高くはないが、水温は30度と暖かい。
メインビーチに戻った我々は、朝エビを獲りに行ったときに私が見つけた、長い根の底の穴を探しに行くことにした。
全員で潜るのは今日2本目だが、オカシラ、仏様、私の3人組は3本目となる。
昨日も4本潜っており、多少疲れを感じ始めていたが、塾頭や会長、猫などはいたって元気であった。
この広いポイントで、もう一度来ようなどと思ってもいなかったような所を特定するのは困難だ。
記憶を頼りに、いいかげん穴を探したのだが見つからず、48分間でダイビングを終えた。
上がるとすぐに昼食のはずであった。
しかし、オカシラは船長のナニーさんと何やら打ち合わせを始めていた。
オカシラが船上で皆を集め、おもむろに言った。
「私と仏様とひょっとこは、これから切れたアンカーの回収作業に行きます。昼食はその後にしましょう」
「やっぱりな」
仏様がこぼす。
「いってらっしゃ〜い」
残る3人が手を振る。
先ほどのダイビングから10分程しか経っていない。
愚痴を言う間もなく、3人揃って海に飛び込んだ。
船はアンカーのある場所の真上に着けている筈だった。
ナニーさんの操船は絶対に間違いがない。
しかし、飛び込んだ我々の真下に、アンカーは見えなかった。
透明度は30メートル以上ある。
水面から水底まで15メートル。見えないわけがない。
水底に着いた。
水底を見渡すと、遠く岸側にちぎれたロープが潮の流れになびいていた。
脱潮。潮が引いて流れが出ている。
それもかなりの速さだ。
飛び込んですぐに流され始め、だいぶ沖に流されながらの潜行となったようだ。
先ほどのダイビングから13分しか経っていないのに。これだから海はわからない。
3人が着地した位置は、それぞれそれほど離れてはいない。
流れに逆らい、地を這うようにアンカーを目指す。
ふと見ると、オカシラが大きな貝殻を拾い、しげしげと眺めていた。
そんなことしている場合ではないだろう。
気持ちがでかいのか、危ないことに慣れているのか。
上を見ると、水面で猫がスノーケリングでこちらに手を振っている。
流れが強くて危ないから船に戻れと手で合図をするが、何を思ったかますます手を大きく振るばかり。
とにもかくにも、やっとのことでアンカーまでたどり着いた我々は、早速回収作業に入った。
作業プランはこうであった。
まず、切れたアンカーのロープの先にフローティングブイを取り付けエアーを入れる。
ロープはブイの浮力で水面に浮き上がり、船がそれを回収する。
たったそれだけの作業手順のはずであった。
しかし、現実は大きく違った。
ロープをくくりつけたブイは、予定通り浮力によって一度は水面まで浮かび上がったのだが、
あまりの流れの強さにすぐに沈み始め、中層に留まってしまったのである。
風のとても強い日に、長い紐のついたオレンジ色の細長い風船を石にくくり付けたようなイメージだ。
このままでは当然回収は出来ないと判断した我々は、すぐにアンカーロープをブイに向かってたどり始めた。
水面では猫が、何やらこちらを指差しながら騒いでいるようだ。
いいから船に上がれと合図をするが、向こうは向こうで心配しているようで、一向にに上がる気配がない。
そうこうしているうちに、船からロープが降りてきた。
猫のおかげで、船上でも事態を把握したらしい。
早朝エビを獲りに向かうまでは、このロープがアンカーと繋がっていたのだ。
船から降りたロープは、当然沖側に流されなびいている。
オカシラが船のロープを取りに向かう。
仏様と私はブイの位置、要するにアンカー側のロープの先端までたどり着き、
流れに逆らいながら船のロープを引いてくるオカシラを待った。
この流れの中着実に近づいてくるオカシラの脚力はたいした物だと言える。
やっとのことでたどり着いたオカシラの手を引き寄せ、オカシラがロープ同士を結びつけるのを確認し、私はロープから手を離した。
流れは思っていた以上に速かった。
ロープを手放した瞬間には、もうすでに沖側に位置していた船の船底近くにいた。
通常ダイビングでは、ある程度の深度以上潜った場合、水深5メートルで安全停止をとる。
また、浮上速度もゆっくりと調節し、減圧症の危険から身を守る。
しかし、この場合そんなことは言っていられなかった。
減圧症も危険だが、流されてしまえば間違いなく命はない。
なにせ太平洋の真っ只中、救助隊が来るような島ではないのである。
慌てて流れに逆らいフィンを蹴る。
船尾に梯子が付いている船だ。当然乗船するには船尾に回らなければならない。
すると、突然!
グオン!
なんと、船のエンジンがかかってしまったのだ。
水面下が見えない船上では、船が流されてアンカーから離れ、作業が中断されることを避けるため、
定期的にエンジンをかけなければならない。
わかってはいるのだが、何もこの瞬間でなくとも良さそうなものを。
梯子は船尾にある。船尾には船の推進力を作るペラがある。
私はペラの真下に仰向けで位置していた。
目の前で数百馬力のペラが勢い良く回転する。
吸い込まれたら、流されたり減圧症になったりという悠長な死に方は出来ない。
どちらにしても死にたくはないが、バラバラになっては昨日の夕食の山羊と一緒だ。
絶体絶命!
その頃水中では、もう一つの危機が2人を捕らえていた。
ロープをつなぎ合わせたオカシラと仏様は、当然ロープ伝いに浮上するはずであった。
しかし、この強い流れで一瞬仏様の手がロープから離れてしまったのだ。
とっさにオカシラが手を出し、お互いの二の腕をがっちりと掴む。
まるでクリフハンガーだ。
3人とも、何とか危険を回避し、青息吐息で船上にたどり着いた。
長い長い15分間であった。